今日の禅語
小魚呑大魚
(しょうぎょたいぎょをのむ)
小さな魚が大きな魚を呑み込むことなど、
実際にはあり得ない。
禅は、2元論的な見方を廃す。
自由な発想、行動が、そこにある。
信念があれば、立場を超えて行動する。
相手に尻込みする。
しかし、自分の信念に従えば
上司や大物ということなど気にせず
ぶつかれる。
あなたの信念は?
今日も1日、ありがとうございました。
小魚呑大魚
(しょうぎょたいぎょをのむ)
小さな魚が大きな魚を呑み込むことなど、
実際にはあり得ない。
禅は、2元論的な見方を廃す。
自由な発想、行動が、そこにある。
信念があれば、立場を超えて行動する。
相手に尻込みする。
しかし、自分の信念に従えば
上司や大物ということなど気にせず
ぶつかれる。
あなたの信念は?
今日も1日、ありがとうございました。
臥月詠花眠雲
(つきにふしはなをえいじくもにねむる)
大自然のなか、月の光を浴びて横たわり、
花を眺めながら歌を詠み、
森の雲(霧)をまとって寝る。
花鳥風月とともに暮らす豊かさ。
たった一人、大自然にいだかれる。
自然への回帰。
命がリフレッシュされ、
心が解き放たれていく。
自然の癒し。
今日も1日、ありがとうございました。
坐水月道場(すいげつどうじょうにざし)
修空華萬行(くうげまんきょうをしゅうす)
水に映る月も、空を舞う幻の花も、
実態がなく空(くう)である。
同様に、悟りも、迷いも、修行も、また、
空であって、特別なものなどなにもない。
日常の身のまわりのことを、
心を込めて、丁寧にやる以外にない。
真の道場は、日常のその場にしかない。
普段の生活のなかで、
充分心を磨くことができる。
今日も1日、ありがとうございました。
横身臥白雲
(みをよこたえてはくうんにふす)
白い雲に包まれて身を横たえる。
いっさいのこだわりから離れた、
自由無碍の境地。
時にはスマホを手放し、情報を遮断する。
現代は、あらゆるジャンルの情報が
スマホから入手できる。
情報過多になり、
心が動かされ、欲に負ける。
とても便利なスマホですが、
たまには、触らず毒抜きしましょう。
今日も1日、ありがとうございました。
上求菩提(じょうぐぼだい)
下化衆生(げけしゅじょう)
上に向かっては、仏に近づこうと、
常に修行をつづけ、人びとに対しては
仏の教えを説き、
ともに彼岸に行こうとつとめる。
周囲に目を配る。
それがあるべき姿勢。、
自己研鑽を怠ることなく、
自分のスキルを高め、知識、知恵の幅を広げていくことは必要。
そのいっほうで、
後輩、後進に
自分が得たものを伝え、
引き上げていくことも必要。
今日も1日、ありがとうございました。
虎口裏横身
(ここうりにみをよこたう)
あえて危険を冒し、
命をかえりみずに身を投げ出して、
物事に挑戦する。
自分を奮い立たせれば、
失敗が生きる。
挑戦。
人は安定を求める生き物。
挑戦して失敗することはざらにある。
失敗はたくさんした方が良い。
いくつになっても、挑戦する人間でありたい。
今日も1日、ありがとうございました。
真観清浄観
(しんかんしょうじょうのかん)
ほんとうの悟りとは、何かを掴みとった状態ではない。
余計なものを削ぎ落としたときに、
おのずとあらわれてくる、
清々しい境地てある。
削ぎ落とし、削ぎ落とす、
そこに清々しさがある。
これが引き算の美学。
今日も1日、ありがとうございました。
只管打坐
(しかんたざ)
ただ、ひたすら座る。
座ることに徹する。
曹洞宗の座禅の究極の姿。
ただ、何事かをする。ことの難しさを知る。
無心に何事かをしてみる。
今日も1日、ありがとうございました。
淡交
(たんこう)
淡々とあっさり、
水のようにさわやかに交際する。
仕事の付き合いは、
あっさり、さわやか、がいい。
お互い相手に対する信頼感をもつことは、
仕事をする上で前提だが、
あまり立ち入りすぎるのはよくない。
公私混同にもつながりかねないし、
馴れ合いにもなる。
あっさり、さわやか、で行こう。
今日も1日、ありがとうございました。
一粒万々倍
(いちりゅうまんまんばい)
一粒のお茶の種が、丹精込めて育てることによって、
何万倍にも増えていく。
大きな変化は、小さな一歩から始まる。
その小さな一歩は、誰かがはじめなければ
広がっていかない。
私が続けている仕事道具を大切にする習慣。
SNSにも投稿しているが、
いいねが欲しい訳ではない。
それを見て、1人でも気づいて欲しいと願っているだけ。
今後も、やり続ける。
今日も1日、ありがとうございました。
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