2024年6月30日 日曜日
今日の禅語
香厳撃竹大悟
(きょうげんげきちくたいご)
香厳和尚がいつものように
尊敬する祖師の墓を掃除していたとき、
小石がはじけて竹に当たった。
その音を聞いて和尚は悟ったとされる。
何事も、求め続けること、
コツコツやり続けることが大事。
自分を尽くして、やり続ける。
仕事のスキルも、人間としての器量も
向上する際のきっかけとなるのは
気づき。
それまで気がつかなかったことに気づく。
それが自分を引き上げる。
気づくための条件は、
自分を十分に尽くして、
目の前のことをやり続けること。
現状に手抜きをしたら
気づきも開眼もない。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月29日 土曜日
今日の禅語
無一物中無尽蔵
(むいちもつちゅうむじんぞう)
心に何もとらわれるものがなくなると、
あらゆる可能性が開かれていく。
こだわりを手放すと、
視界が一気に開ける。
こだわりは必要ではあるが、
それだけ視野は狭くなる。
こだわりを持ちつつも、大局的に物事を
見よう。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月28日 金曜日
今日の禅語
雨過青苔湿
(あめすぎてせいたいうるおう)
雨上がりの苔が青々と潤っている。
雨と苔がおたがいを生かしている美しい情景。
生かされている自分だから、
誰かを生かすことができる。
人は、自分の力で生きている と
思いがち。
しかし、本当は
大勢の人たちの支えがあって生かされている。
そして、そんな自分も誰かを生かすことができる。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月27日 木曜日
今日の禅語
他不是吾
(たこわれにあらず)
他人のしたことは、
自分がしたことにはならない。
自分でやったことしか、身にはつかない。
成功本などでノウハウやスキルを知って
わかった気にならないこと。
それをアウトプットして、
自分でやってみる。
それが経験となる。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月26日 水曜日
今日の禅語
雲去青山露
(くもさりてせいざんあらわる)
空をおおっていた雲が晴れて
青々とした山があらわれる。
迷いがなくなって、
本来の自分が見えるようになる。
迷ったら縁にしたがう。
人は常に迷いながら生きている。
迷った時は、縁を大事にする。
始まるご縁もあれば、終わるご縁もある。
そこに縁を感じられるかられないか。
それに従って選択する。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月25日 火曜日
今日の禅語
大道通長安
(だいどうちょうあんにつうず)
仏道を究めるための決まった道などない。
どの道を、行っても仏道を究めることはできる。
自分の道は、
歩み続けることでしかつくれない。
世の中にはたくさんの人がいる。
それぞれ自分の道を歩いている。
人の道を見て自分の道と比べる。
無駄なことだ。
自分には、自分の道しか歩めない。
人の道は人の道。
自分の道は、自分が歩まなければ
道はできない。
自分の道、歩み続けよう。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月24日 月曜日
今日の禅語
雨過竹風清
(あめすぎてちくふうきよし)
ひとしきりの雨がやみ、
竹林を通り過ぎる風が清々しい。
わだかまりが消えると、
心は清々しいものになる。
寝る前の30分でわだかまりを消す。
仕事や人間関係で、わだかまりを感じることもある。
それをずっとひきずっていると、
眠れなくなったりする。
寝る前に心の手入れ。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月23日 日曜日
今日の禅語
形直影端
(かたちなおければかげただし)
背筋がのびたきちんとした姿勢を保っていれば
足元に落ちる影も
おのずから端正なものになる。
心の姿勢がおこないの質を決める。
姿勢とは、身体的なことはもちろん
物事や人に対する態度も含む。
ものごとに真っ直ぐ向き合う。
節度のあるおこない、品格を感じさせるおこないは、
心の正しい姿勢から生まれる。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月22日 土曜日
今日の禅語
一渓流水繞青山
(いっけいのりゅうすいせいざんをめぐる)
一筋の渓流が、青山のまわりを
めぐりながら流れていく。
まったく無理がない自然の姿。
無理をしたら、ひずみが起こる。
物事を性急に進めるのは危険を伴う。
建物も地盤がしっかりしていれば、
上へ上へと積み上げられる。
地盤がしっかりしていなければ、
上へ上へと積み上げる途中で
崩れてしまう。
自分の足元を固めて、
上へ上へと積み上げ続けよう。
今日も1日、ありがとうございました。
2024年6月21日 金曜日
今日の禅語
露堂々
(ろどうどう)
真理は求める必要も、探す必要もない。
そこかしこにあらわれている。
それに気づくことである。
雨滴を宿らせて咲く紫陽花は
美しいと感じさせてくれる。
では、色褪せて枯れかかっている紫陽花はどうか?
おそらくなんの感動も呼ばない。
しかし、咲いてる紫陽花も枯れそうな紫陽花も
同じ紫陽花だということ。
美しい、つまらない、ではなく、
そこに時の移ろいを感じる。
そこに真理があり、それに気づくことが大事。
今日も1日、ありがとうございました。
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